幻の大梁川
「チョット止まって、バックしてくれる?」
道路からチラッと滝が見えたのだ、車を降りて眺めると
落差2.5mほどの滝から藪の中を広がって沢が流れ
ていた。
小さい沢だがイワナが住むには十分だろう。
しかしひどい藪と足場の悪い滝、こんな時貴方はどうし
ます?。そう、ここをクリアすれば「ひょっとしたらイワナ
の世界に」と。
相棒も同じ思いに駆られたとみえ、いっしょに藪沢へ降
りて滝を目指したが100mほどの藪こぎに一時間近く
も掛かってしまう。
しかし、それだけに滝上への思いはより強くなっていた。
流水に体をぬらしながら滝をよじ登り上流を目指す。
はじめは石があったが、ほとんど岩盤の沢で岩盤の継
ぎ目毎に3〜40m間隔で階段状に大小の落ち込みが
続いている。
岩盤だから遡行は楽だ、背丈ほどの落差を越えて立ち
上がったとき大きな黒い魚体がゆっくりと上流の落ち込
みへ。
あまりの大きさに声も無く呆然と眺めるだけだった。
私が立ち上がった落ち込みの肩に居たのだ。
「こんなのでこんな太いのが、いるんだあんなのが」
後から来た相棒に押し殺した声で興奮を抑えるように
言う、「ぬしか!」相棒も低い声で応えた。
しかし「ぬし」は一匹ではなかった、
こんな小さな沢でまさかと思っていたいたから、ほとんど
同じような状況が繰り返されようとは考えもしなかった。
今度も手前の浅場から悠然と落ち込みへ姿を消す、い
かにもゆっくりと、ゆっくりと。
ひとまたぎの小さな流れと隠れる所の無い滑床岩魚に
とっては住みにくいはずの環境が、逆に人の気配をすぐ
に察知できると言う作用をもたらし生き延びたものと思
われる。
二年後の1979年
自動車免許と中古車を手に入れて頭から離れた事の無
い大梁川をおとずれた。道路から滝まで小道が出来て
おり、藪こぎする事無くすんなり入渓してしまった「これじ
ゃあきまへん」。
しかし一応上流を見なければ気がすまないから前回の
場所辺りまで登ったが一匹の魚影も見る事無く、その上
方に真新しいガードレールが見えたところでやむなく引
き返した。
今から思えばそのシーズン中に行くべきだった、まして
2年後などとはもっての他。しかしこの教訓は生かされ
ず、大物逃し→後日跡形も無しは幾たびも・・・。
現在、白石川には七ヶ宿ダムが出来て大梁川には林道
が通っている。
**この時の写真は無いので参考写真です**
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