渓 流 随 想 (八)

幻の大梁川

「チョット止まって、バックしてくれる?」
道路からチラッと滝が見えたのだ、車を降りて眺めると
落差2.5mほどの滝から藪の中を広がって沢が流れ
ていた。

小さい沢だがイワナが住むには十分だろう。
しかしひどい藪と足場の悪い滝、こんな時貴方はどうし
ます?。
そう、ここをクリアすれば「ひょっとしたらイワナ
の世界に」と。

相棒も同じ思いに駆られたとみえ、いっしょに藪沢へ降
りて滝を
目指したが100mほどの藪こぎに一時間近く
も掛かってしまう。

しかし、それだけに滝上への思いはより強くなっていた。

流水に体をぬらしながら滝をよじ登り上流を目指す。
はじめは石があったが、ほとんど岩盤の沢で岩盤の継
ぎ目毎に
3〜40m間隔で階段状に大小の落ち込みが
続いている。

岩盤だから遡行は楽だ、背丈ほどの落差を越えて立ち
上がったとき
大きな黒い魚体がゆっくりと上流の落ち込
みへ。

あまりの大きさに声も無く呆然と眺めるだけだった。

    [岩魚、参考写真です]

私が立ち上がった落ち込みの肩に居たのだ。
「こんなのでこんな太いのが、いるんだあんなのが」
後から来た相棒に押し殺した声で興奮を抑えるように
言う、
「ぬしか!」相棒も低い声で応えた。

しかし「ぬし」は一匹ではなかった、
こんな小さな沢でまさかと思っていたいたから、ほとんど
同じような状況が繰り返されようとは考えもしなかった。
今度も手前の浅場から悠然と落ち込みへ姿を消す、い
かにもゆっくりと、ゆっくりと。

ひとまたぎの小さな流れと隠れる所の無い滑床岩魚に
とっては住みにくいはずの環境が、逆に人の気配をすぐ
に察知できると言う作用をもたらし生き延びたものと思
われる。

         イワナの画

二年後の1979年
自動車免許と中古車を手に入れて頭から離れた事の無
い大梁川をおとずれた。
道路から滝まで小道が出来て
おり、藪こぎする事無くすんなり
入渓してしまった「これじ
ゃあきまへん」。

しかし一応上流を見なければ気がすまないから前回の
場所辺りまで登ったが一匹の魚影も見る事無く、
その上
方に真新しいガードレールが見えたところで
やむなく引
き返した。

今から思えばそのシーズン中に行くべきだった、まして
2年後などとはもっての他。しかしこの教訓は生かされ
ず、大物逃し→後日跡形も無しは幾たびも・・・。

現在、白石川には七ヶ宿ダムが出来て大梁川には林道
が通っている。

    **この時の写真は無いので参考写真です**

           

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