西野川、 木曽路の岩魚−U 1984年 木曾黒川で惨敗を喫したのはこの九年前、渓流釣り二年 目の事(随想15)、「ここらの岩魚はめったなこんじゃ釣れ んでッしょう」と軽ーくあしらわれた気がしている。 しかし前年の83年は鳴瀬川で27cm木ノ根沢で29cm (随想33)、型部沢の26cmと良型岩魚をものにして少し は腕が上がったのではないだろうか。 (偶然やッチューネン) その頃は仕事に追われた事とスキ−を始めた事もあって 釣行回数が少く、84年(S59年)はなんと三度しか記録 されていない。 木曽路のリベンジは開田高原西野川が標的に選ばれた。 定休の木曜の一日だけで決着を付けねばならず、よって 夜討ち朝駆けの強行軍を命じたのだった。 (誰が誰に命じたんだ/*) ![]() 中央道をひた走り真夜中に開田高原着、見上げずとも空 は満点の星にて夕べのごときほどにありける。 (オット又変な口調になりける/*) あまり綺麗なのでカメラを取り出しシャッターをバルブにし て写してみた、星の軌道の小刻みなギザギザはシャッター を押さえてる指の震えに他ならず。/* 真夏とはいえ高原の夜明けは肌寒く白々と共に目が覚め た、今「夜討ち朝駆け」決行の期は熟したのだ。 (・・・/*) ![]() 車を止めた高原の廃屋(アナ画をデジ亀)07109 林道はすぐ行き止まりになりそこで支度を整える、いまだ 車も第一村人も発見していない。 バカ長を履いてまだ日の当らぬ渓を歩き出すと流れの冷 たさがゴムを通してくる、意外なほどに冷たいのは明け方 のせいだろうか。 全く当りすら無く一時間が過ぎた、それでも程よい水量とゴ ーロの渓流を行く。 大き目の石に囲まれた深みを見つけた、とは言っても小場 所だからと惰性のままに仕掛を落とす。 ピッと当りがあってそのまま流れた鉤を上げるとふやけた 川虫は簡単に取られていた。後ずさりしてオニチョロを探し そのまま鉤に付けて同じポイントの同じ所へ投餌する、コツ ッとしてピッと合わせれば反動で獲物が飛び上がる。 しかし20cmに満たないイワナでリベンジ決着とは成らず、 程よい流れを探りながらさらに先を行く。 ![]() とうに日が差して暑くなっていたが、相変わらず冷たい流れ はバカ長を通してくる。 せり出したブッシュの下に複雑な流線がぶつかる瀬の頭へ 投餌する、そして1m下のたるみで軽く合わせればビン!と して二十cm強が竿をしならせた。 それでもまだリベンしジ決着とはいくまいが腹が減った、先 ほど食べたお握りはボロボロで中真しか食べられなかった。 夕べ買った兵糧(ひょうろう)は朝のパンと乾いた握りで底 をついたのだ、で戦意も底をついたのだ。 リベンジはこれにて勘弁してしんぜよう、あっさり気前良く引 き上げよう、戻るにはただ歩いても一時間以上は歩かずば なるまい。 ![]() 相変わらず冷たい流れを下流へ歩く、そうだこの西野川の 支流は冷(つめた)川と言う名なのだと感心し、納得しつつ 愛車を目指す。 そう・思いでの車、初めて買った新車は1600ccなのに、下 から二番目のグレードなのにクルーズコントロール装備(そ れも140kmまで設定)でお気に入りmy-carになったアコー ドFEであった。 愛車に戻ってほっと一息、さてまだ日は高いが帰りましょう、 「木曽路はすべて山の中」帰り道は遠いのです。 記2001 2/11 随想記メニュー |