渓 流 随 想 (二十八)

二十年目の霧来沢

なんとそそられる響きではないか、この名前に惹かれて
どれほどの人が訪れただろうか。

東京に居た頃には免許証が無かった事もあって只見線
を地図で開き、乗り換え駅や運賃を調べたりもした。
そうしていると、霧にかすむ渓谷にゆらりとうごめく大岩
魚が見えてくる。
竿を担いで電車での釣り旅、大物が釣れたなら塩を振っ
て自宅へ発送し、翌日はとなりの風来沢へ・・・そんな想
像を膨らませていた。

1995年
釣りを始めて二十年、やっとその日が来た。
それまでの経験から、良型岩魚が簡単に釣れる川など
そうは無い事を十二分に知らされていた。
しかし始めての、未知の渓ともなれば期待が膨らまぬ
はずはなく、ほとんどノンストップで4時間を走りきった。

     本名ダム付近の霧来沢

6月21日
塩原・田島・昭和経由で本名ダムに8時半到着、その
まま林道へ。6〜7kmも行った所で本流を覗く、まだ
渓流に成り切ってはいないが狭まった岩の間を勢い付
いた水が流れ出る、いわば平らな落ち込みがあった。
時折白泡の切れ目あたりに魚が見える、大きい黒い
影が上下し、前後する。

急いで車から仕掛けとネットを取り出し下流へ走って川
虫採取、20年前の想像が現実に成る瞬間を迎えるの
だ。
心音が確実に早く深くなるのを感じつつ仕掛けをセット、
流芯の直ぐ脇にオニチョロを落とし込む。

流れに任せて竿を送る、コツンとしたが仕掛を上げると
餌の川虫が取られていた。
もう一度仕掛を落とす、黒い影が底から浮き上がりスッ
と流れコツンとして餌は無い。三度繰り返して諦めた。
大物は馴れたものだ、餌だけ咥え鉤だけが抜けてしま
う。

        想像の霧来イワナ

上流へ向かい二股で駐車して左の本流へ向かったが、
雨後の増水ですぐに通らずになり引き返す。右の沢に
変更して一旦道路にあがり林道を行くと、狭い踏み跡
になって渓流沿いに登っている。
渓相良くさすが霧来と釣り上がる、がしかしそれから滝
まで一度のアタリも無く引き帰す事になった。

8月2日、二度目の霧来沢。
今回は支流の大石田沢だが、すっかり減水してヤッパ
リさっぱりアタリ無く、早い内に隣の風来沢へ。
「霧来で 大物上げて 風来へ」
が想像上のコースだったが風来林道は五分でストップ
、土砂崩れで流れた林道の工事中であった。

      

8月24日、三度目の霧来沢。
前日に出かけ本名ダム近くの民宿で一泊(6600円)、
林道終点から左の本流を釣り上がる。初回の時の増
水と違ってポイントが幾つも有るが、中々釣れてこない。

この辺りが一番入渓者が多いのだろうと、想像しつつ
も次から次へのポイントを行く。やっと落ち込みで釣れ
たイワナは18cmほどで、次の落ち込みでも同サイズ
がきた。型は不満だが霧来のイワナだ。

それから暫く上流のへんてつないよれ込みで、やっと
七寸が釣れた。そこいら辺りから釣り始めるのがコー
スなのかも知れなかったが、すでに疲れが沁みていた

渓流を下りながら「あの頃電車で来たらどんなだったの
だろう」などと思いを巡らせていた、ともかく未知の渓の
一つに印が付いた。

記2000 12/20