渓 流 随 想 (一)

初めての渓流 安家川

下町で生まれ育った私にも二・三度は釣りをした覚えが
ある、もう40年も前(これを書いた日から)、すでに結構汚れ
ていた近所の隅田川で獲物はクチボソだ。
 
それから約20年、岩手の安家川に降りたって渓流釣り
の第一歩を踏み出したのは1975年、29才であった。

      

何故いきなり岩手の安家川なのか
というと、その2年前に兄に誘われてアユ釣りに行くよう
になり、釣り雑誌を手にするようにもなった。
そして、そこには当然のようにヤマメやイワナの記事が
載っていた。
人里はなれた山の中、澄んだ水、音を立てて流れる谷
川。そんな所に魚が住んでいるのだと知らされる。

で・何故いきなり岩手の安家川なのか。
幻と言われるイワナを兎に角なんとか釣ってみたい、
しかし関東周辺では難かしいらしい。
兄と義兄との 三人が三人とも渓流未経験なのだ、 なら
ばその雑誌の言うところの「イワナの宝庫」へ行くしかな
い・・・でしょ。
-
夕方6時出発、
当時の東北自動車道は仙台宮城までのため、真夜中の
仙台市外で車中1泊。 熟睡の許されない箱型コロナ1.20
0は薄暗いうちに又、北へ向かって走り出す。
景色が緑に変わり、舗装は途切れて登り下りがきつくな
る。
いくつかの峠を超えて安家川にたどり着いた頃にはすで
に日はかたむいていた、走行およそ14時間の遥かなる
旅であった。助手席に居るだけでもグッタリの、遥かなる
旅であった。

昂ぶる気持ちを押さえつつ三人無言で釣り支度、遅れて
なるものかと川へ出る、暗くなるまで釣ったが、みな10セ
ンチほどの小魚ばかり。
それがイワナやら ヤマメやら、はた又ほかの魚やら、あ
あだ・こおだと言いながら元村にある宿に向った。

      

宿のおばちゃんに見せると「こげなザコ釣ったけ」と笑わ
れたが、近い将来のイワナ・ヤマメであると認定しいて
いただいた。
本来なら「釣っちゃだめ」サイズなので、そうは簡単に釣
れてくれない幻の魚に憧れますばかり、なり。

出会い
風呂から上がるとすぐに御膳が運ばれ、一人がお椀の
フタを取る!、いたのだ!まぎれもなく其処に。パーマー
クを残して丁重に焼かれ、身をしならせて押し込まれる
ように二匹のヤマメ。・・・こんな形で初対面・ベンベン!
「思いもかけぬ・・・アッ出会い成りー」
  
「んー!」
そのお吸い物を一口飲むや、今度はその美味しさに声
にもならぬ声をあげたのだった。
翌日
藪を分けて淵に出る、すぐに25cmほどのヤマメが釣れ
たが続けて20cm程のイワナが 5匹も。こんな事は岩手
あるいは安家ならではだったのだ。

更に最上流(その時の)では50cm以上もあろうかという
真っ黒な大岩魚にも遭遇した。
堰堤もダムもない自然の川、あの川は今も健在だろうか、
初めてイワナを釣った渓。
来シーズンこそは訪れよう、あの落ち込みで尺物を狙う
のだ。
       記-1988

*この時の写真は無いので参考写真です**
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